こだわりの一品

店主による、選りすぐりの一品をご紹介いたします。茶碗、酒器、絵画、壺…様々なジャンルにわたり、こころ踊らせる品物をお届けいたします。また、掲載商品は購入可能です。

銅製 勢至菩薩来迎像

日本に於ける仏教は、まず国家的なプロジェクトによって輸入された教えを半島からの工人の手によって具現化された寺院や仏像、写経などによって威容を誇ることから始まっているものです。そこでは国家の庇護のもと、豪奢な材を以って念入りにそれらは作られていました。金銅仏もそのひとつ、銅という高価な鉱物を高い鋳造技術で作られる仏像はさぞ目に鮮やかに映ったことでしょうね。

しかし平安期になると造像は、木彫が主流になっていき、国家的なものから離れたパーソナルなパトロン、ここでは主に平安貴族たちですが、その後援者によって木工の仏師たちの工房で作られることが多くなります。

一度廃れた金銅仏が再び陽の目を見るのは、平安後期頃から大きな流れになる垂迹思想の影響が大きいわけですね。仏がより衆生に近しい神の姿に変化して救って下さるという考え方、そこには神には本地仏がそれぞれ存在する、その仏を神の御前立として具体的に社の軒下に掲げて崇拝することが広く行われます。多くの仏像たちがその要望に応えて作られるようになりました。また仏の教えの金剛不壊を願ってより強固な材である金属が選択されたこともあったかと思われます。

そしてまた別の思想的な潮流。自己を放擲し、全てを委ねて一心に名号を唱えれば何人もあまねく救済してくださる阿弥陀さまの教え。浄土信仰は平安末期頃から瞬く間に広がっていったと思います。戦乱や疫病の流行など、世はまさに末法の世の中、人々の願いは苦しみから解放され極楽往生すること、そこに集約されるようになります。

この二つの要因から阿弥陀来迎の仏画や銅像が平安から鎌倉、たくさん作られました。

この像もそのひとつで、中央に阿弥陀さまがおられるその脇侍、勢至菩薩の像です。もう一体蓮台を捧げ持つ聖観音像があったと思いますが、それらとは離れてしまっています。

しかしその魅力はいささかも減じることはありません。一心不乱に祈りを捧げる菩薩の姿、膝を曲げて救って頂くこちらの人間に対して寄り添おうとしてくださるポーズは可愛らしさと共に慈悲深く愛に満ちたものです。表情はパキっとはっきり出ているわけではありませんが、それだけにあくまでも穏やかでニッコリとほほ笑むようなお顔です。

蓮台の下の穴は臍のためのものだったと思われますが、それは折れて無くなっていますね。代わりに漆のようなもので埋められていて、おそらく仏壇や厨子のなかに安置されていたのではないでしょうか。

掛仏は比較的手に入りやすいものではありますが、こうした丸彫りのような仏像、合わせ型による鋳込みで作ったものではない、古様なものはなかなか手に入る機会の少ないものです。念持仏として、座辺の愉しい仏教美術として永く親しくお傍で眺めて頂ければと思います。

高さ10.6センチ

銅製  鎌倉時代頃

背中に光背の金具を取り付けた部分がありますが、その金具はやはり無くなってしまっています。また裾の蓮台部分には欠損のように見えるところがありますが、これは湯回りが不足していたためと思います。いずれにしてもこの像の鑑賞のマイナスにはならないものと思います。

詳細はお問い合わせ下さい。

過去の一品