これを書いている今日は関東でも雪が降るかもしれないと予報が出ているとても寒い日です。降ったとしても積もるほどの雪ではなさそうでホッとしていますが、北国や北陸など雪の多いところは更に積もって大変な状況が続いているようで、本当に心からお見舞い申し上げます。先日の西日本の大雪では鳥取で十数時間道路上で車が立ち往生なんてニュースが配信されましたが、なにしろ自然相手のことなので文句を云ってはいけませんが、せめて気を付けてお過ごし頂きたいと思います。
さて大仰なタイトルがついてますが、何も偉そうに言説をぶつわけではなく、要は美術の垣根のようなものは取っ払って愉しみましょうということを申し上げるだけです。骨董、古美術の世界は素晴らしいもので、それらを扱うお仕事を末席でやらせてもらっているわけですが、ともすると何やら古ければいい、いいと思われてきたものだけがいい、というような偏狭な世界に凝り固まり勝ちです。ほこりの積もったやたらきたない壺を撫でて悦に入ってるオジサン一人孤独に笑う・・、なんて絵ずらが頭に浮かびますが、一般的なイメージではそんなところで止まっているのかもしれません。
一方現代美術と云うと戦後の現代美術の海外での評価の高まり、またいろんな方が精力的に活動されて、素晴らしい作品を発信しているおかげでとても華やかな世界のイメージがありますね。投機目的のマネーが介在するのは否めませんが、それでもダイナミックにモノが動いていく世界は躍動感にあふれていて面白い世界です。
なにやら骨董の世界は陰りが見えて、現代美術を扱った方がいいと思っているのか、なんて云われてしまいそうな云い方ですがそうではありません。骨董、古美術の世界は古臭いものに見えていつの時代も新しい風を送り込むエポックメイキングな出来事が起こっています。民藝運動と云うのもそのひとつだったでしょうし、近年確信犯的にぼろ雑巾を飾った展覧会などもありましたね。凝り固まった価値観を転換させるカンフル剤の刺激によって常にリフレッシュしてきたのがこの世界、いろんなものを飲み込んでいくやはり奥深い世界なのであります。
常に新しい情報を取り入れて自分のいいと思えるモノたちをフレッシュに世の中に発信することがとても大事なこと。そうすることで古い時代のものが実は古臭くはないんだ、ということを伝えるのが私の仕事なのですね。その時に垣根を作らず素直な感覚でいいと思えたモノは現代美術のジャンルでもどんどん積極的に取り入れていこうと思います。こっちの美術の世界はおいそれと私なんぞが扱えないものも多くありますが、そこも全部が全部そうではない、自分の眼で発掘されたものを打ち出していくことは大いに可能です。
あまりに身の回りに美しいモノに溢れているこの国では、その身近なことに気が付かず無頓着で終わってしまう人が多いような気がします。また海外で売れたニュースを聞いておもむろに評価しだすなんてこともあるでしょうか。でも海外で評価されたからいい、ではなく自分たちの誇るべき美術を海外に発信してそれが評価されていく、となって欲しいものですね。(もちろんそうした活動をされてきた偉大な先達がおられたことは事実ではありますが)自国の美術や文化にもっと自覚的に目覚めることがグローバリズムなのでしょうからまだまだ真の国際人へは道半ばであります。そのことの自覚こそがまたいろんな国の文化へのリスペクトに繋がっていくことになるのでしょう。イントレランス(不寛容)な世界はもうたくさんなのです。

床の間に現代美術の作家 菅井 汲さんのリトグラフを飾りました。組み合わせは鎌倉時代の常滑の壺。これらは決して高価なものではありませんが、時代を超えたフォルムとマチエールの響き合いが愉しいと思えるものでした。ガラス越しだけではわからない、座辺で眺めるという鑑賞でわかることもある、それをぜひとも知って頂きたいと思います。
口幅ったい物言いが過ぎましたかね。
[日常]2017年2月9日
今日で1月も終わり、なんというか過ぎてみればあっという間のことでした。なんてことを毎年云っているようで、これも老化の一種かなと途方にくれたり、さっさと過ぎるのは日々忙しくしているからかも、と慰めたりで孔子先生のいうところ、「四十にして惑わず」どころか五十を過ぎても迷いっぱなしの日々であります。
迷ったときにいちばんの薬、それはいいものを観ることなのでありますね。先日は東京国立博物館の平成館の特別展「春日大社 千年の至宝」展を観てまいりました。藤原氏の氏神を祀る神社として約1300年前に創建された春日大社、三笠山などの豊かな原始の森がそのまま御神体としてみなされている同社、武甕槌命が神鹿に乗って同地に降臨したとのことから、神の使いとして鹿は奈良公園などを堂々と闊歩し、観光客に餌を要求する図はすっかりと奈良の景色として知られていることですね。その春日大社に伝わる数々の神宝、それらは垂迹美術の最高峰とも云える品々です。

こういったときにその神宝の画像を載せたいとこではありますが、それは叶わないので図録の表紙だけ。
本地垂迹という思想は仏が衆生を救済するために、より民衆に近しい神々に姿を変えて現れたものであるとする説、なんだか仏教が上から目線的な感じもしますが、これも古代の宗教闘争、崇仏派と排斥派の戦いの結果であるのでしょうか。神々にはそれぞれ決まった本地仏が存在するということになっています。そして神々の姿はもともと目に見えないものであったり、自然の山や滝や巌自体であったものがいつしか礼拝対象として本地仏を社の目につくところへ掲げるようになっていきます。それらが私たちもよく扱っている掛仏と呼ばれるものです。
会場には木彫や銅造の神や仏、また軸に仕立てられた、神域を描いた宮曼陀羅などなかなかに手に入れることが難しい涎が落ちるようなものばかりずらーーと並んでおりました。なにしろそれらは撮影ができないので詳細は観てのお愉しみなのであります。
唯一記念写真的に撮って良いコーナーが設けてあり、そこは皆写メっております。他にも社の部分を再現した造作があったりとなかなか特別展らしく凝ったものでありました。


鉄製のつりさげて使う灯火器、いわゆる春日灯籠は時々は我々でも扱うことが出来るのですが、実際にそれらが使われていた雰囲気がパネルの写真や灯りがともった状態で見られるようにしてありました。
やはりいいものを観ると心が洗われると云いますか、すっきりとした心地になるわけですね。(ほんのちょっと普段扱えないくやしさなんかもありますが、ここまでいいものだと完敗というところでしょうか)でも少しでもいいものを観て勉強し、目を磨いておけばいつしか何かチャンスがあったときに頑張れることもあるでしょうからそれを怠らないようにしないといけませんね。
最後にお勉強の本を買って帰りました。

[展覧会]2017年1月31日
皆さま明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。旧年中はたくさんの方々にお世話になりました。今年もまたお世話に、またご厄介をお掛けすると思いますが、よろしくお付き合いを重ねてお願い申し上げます。
さて今年は年明け早々に出張が入りまして3泊4日の工程で九州の地に渡ってまいりました。以前から親しくさせて頂いている福岡のご同業、共同会主ではありますが、初めてご自分の会を立ち上げられたとのことで、なかなか二の足を踏む遠い九州の地も思い切って顔を出しに行ってきました。彼とは関西の会でよく顔を合わせていて夜には一緒に呑みにいった仲です。努力を惜しまず一生懸命に頑張っていた彼のひとつの仕事の成果がこの自らの会の立ち上げだったと思います。先日第一回が始まったばかり、これからまたずっと続けていくことが大変だとは思いますふが、ぜひ頑張って運営していって頂きたいと思っております。
初会という事で各地から人とモノが集まってそれは熱気の溢れる商売の現場でした。朝から夜までひっきりなしに競りの威勢のいい声が絶えず、盛況であったこともよかったな~と思いますね。照る日曇る日いろいろでしょうけれど彼ならやり遂げていけるでしょう。
さて夜は言わずと知れた福岡の美味いものが待っているわけで、九州の業者さんたちと合流し(合流というよりは九州軍団の忘年会に混ぜて頂いたわけですが・・)たっぷりと御馳走になってしまいました。Nさん、Hさんどうもありがとうございました。またお昼をご一緒したSさんや二人でしっかりと愉しく呑んだAさん、ありがとうございました。皆さんのご厚意に甘えてたらふく飲み食いさせて頂きました。
会が終わればせっかくきた九州の地、めったに見られない美術館巡りということで九州国立博物館へ。

現代の日本の玄関は成田空港や関空などかもしれませんが、古代においてはもちろんここ福岡の地が日本の玄関。そこで福岡沖、向うは朝鮮半島である沖ノ島からは素晴らしくレベルの高い考古遺品がざくざくと発掘されています。ということはここが古代の祭祀址で大和の朝廷もそこに深く関わっていたということがわかります。勾玉や鏡などそれらは一括で国宝指定されていて、その選抜された品々が並んでいます。
その後は小郡市にある九州歴史資料館へ。ここはちょっと不便なところにあるらしく、あまり観覧者は少なかったのですが、九州の弥生土器が壁面にズラッと並ぶさまはなかなか見事です。また平安時代の仏像などや発掘された経筒なども並んでいて少ないながらも見応えがあります。こちらは撮影NGで画像がありませんがご興味ある方はウェブで。
また春日市にある奴国の丘歴史資料館。こちらは漢の皇帝から遣わされた国宝の金印でおなじみの古代の国、奴国の中心とされた須玖岡本遺跡に建っております。須玖と聞いて弥生土器の形式をすぐ思い浮かべる方もおられるでしょう。北九州の弥生の精華、須玖式土器が出土したところでもあります。丹塗された赤い一群は東博でも見ることはできますが、こうして現地に赴き眺めるのはまた格別なものがあります。



たっぷりと九州の弥生文化の華を堪能した旅でありました。
でもなんかひとつ忘れているかも・・そうだ!ラーメンですよ。当然のこと食してまいりました。写真は大橋駅の近くにある一九ラーメン。本店や他の支店もあるようですが、こちとらなんもわからんので地元密着スタイルのこちらで食してまいりました。シンプルな一杯、美味しく頂きました。御馳走様

実は福岡は私の生まれ故郷でもあるわけで、何もかもが自分に合って美味い土地なわけです。しかし観光で行ってもとてつもなく愉しい所なのは間違いないので皆さんも機会がありましたらぜひどうぞ。
[旅行]2017年1月11日